ドラッグテストの現状と未来

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原本執筆:Dr.トーマスD.ファヘイ
翻訳編集:S&F MAGAZINE

 

私は、1984年のオリンピックで、サッカー選手のドーピング執行員の1人でした。 その当時の検査手順は、今日の方法と全く同じで、先ずそれぞれのチームの代表者とサッカー協会の代表者、ドーピング・コントロール検査員で、無差別に計4名の選手を選び、試合前に尿サンプルを回収します。 試合が終るとその4名の選手に、自己申告をする一時間の猶予がある事を知らせます。 もし選手が申告した場合、本人立会いのもと、当人の尿サンプルを確認し、サインをしてもらいます。 その後その尿は、AとBの2つに分けられます。 ちなみに個人競技の体操選手の場合は、メダル保持者全員テストの他、もう1人無差別に試合後選びます。 研究所では高価で精度が高い、”マス・スペクトロメター(通称マス・スペック)”という検査機器を使い、尿中にドラッグ使用による代謝物が存在するかを調べます。 この方法で、殆どの禁止されたドラッグを正確に検知する事が出来るのです。

検査の結果、陽性反応が出た場合は、再度Bのサンプルでテストし、両方とも陽性反応が出た場合にのみ、公式に陽性反応を発表します。
現在成長ホルモン(GH)、(EPO)、(hGC)の3種類のドラッグに関しては、体内で自然に生産されるホルモンと種類が同一の為、検査が出来ません。 何れも競技者に良く使われる薬物です。
成長ホルモンは、選手の間で最も良く使われており、スピードと筋力向上に使われます。 EPOは赤血球を作るホルモン剤で、持久力が要求される競技選手等が用います。 hGCは、妊娠中の母体に存在するホルモンで、体内の男性ホルモンの生産を促進します。 選手たちは試合の数週間前に、ステロイドから成長ホルモンに切り替えるのです。

オリンピック禁止薬物
オリンピック委員会は、何百という種類の禁止薬物を、5つの部門に分けています。 それらの中には、薬局で簡単に買えるカゼ薬のような物にも含まれています。 何れも競技者とそのコーチは、それら薬物を熟知する責任が課せられます。

刺激物
脳と神経を刺激する薬物で、アンフェタミン等は感覚と自信を高め、疲れを感じなくさせる等の効果がある為、良く使われます。 他に禁止されている薬物は、一般の食べ物にも含まれ、例えばカフェインも微量でなくては検査をパス出来ません。

覚醒剤
モルヒネやヘロイン、メサドン等です、効果の弱い幾つかのコデイン等については、試合前に自己申告していれば使用を認められます。 覚醒剤は運動能力向上に何の作用も有りませんが、痛みを感じなくする為結果的に大きな怪我に繋がります。  又中毒性も有ります。 何れもオリンピックの「健康を害する薬物使用禁止ポリシー」に反するのです。

アナボリック剤(筋肉増強剤)
男性ホルモンの他、メチルテストステロン、オクザドロロン、スタノゾロール等は、科学物質的には男性ホルモンと同じですが、体内で合成されないものです。 一般に入手できる効果の弱い、アンドロステネディオンやDHEAも禁止薬です。

利尿剤
レスリング、ボクシング、重量挙げなど、体重制限が課せられる種目の選手に良く使われます。 利尿剤は、極度の脱水症状を起こす危険性が有り、時には死に至ります。 これら薬物は、人体の体温調整に異常をきたし、脈が乱れるなど、心臓に悪影響を与えます。
選手の中には、テスト前に大量の水を飲んで、
体内から薬物を流し出そうと試みる者もいるようですが、研究所では尿中に物質が薄くなっても濃くするテクニックを持っている為、使用している以上簡単に検知する事が出来るのです。

ペプタイド・グリコプロテイン・ホルモン剤
成長ホルモンやEPOですが、現在オリンピック委員会では、これら薬物の検査をしていません。 成長ホルモンは高価ですが、短期間の使用では、脂肪除去には有効です。 EPOは体内の細胞により多くの酸素を供給するのに有効とされますが、血を濃くし過ぎる危険性が有り、その場合高血圧、心臓発作、血栓などが起こり得ます。 
オリンピック委員会は、これら薬物を血液検査で調べる事が可能としていますが、そのような検査施設を競技毎に設けることへの疑問がある上、多くの選手は宗教や個人のプライバシー保護という理由で血液検査を拒む為、これら薬物に関しては手も足も出せないのが現状です。

禁止される方法
ブラッド・ドーピング法や尿検査のごまかしは禁止しています。 例えばプロベネシッドという禁止薬は、一時的にステロイドを尿中に放たない様に肝臓をコントロールする事が出来ます。 又他人の尿を本人のサンプルとして提出するのも禁止です。

ブラッド・ドーピング法とは、先ず血液を抜いて保存をします。 そして試合当日その保存しておいた血液を注射で体内に戻すという方法です。 この方法は古くから持久力を必要とするマラソン選手が良く使ったテクニックで、当然検査も不可能なのですが、現在はEPOというテクニックが同じ効果がある為、あまり使われません。

種目により禁止される薬物
ベータ・ブロッカー(心臓のスピードを遅くする)、アルコール(少量の場合、手の震えを押さえる作用が有る)、マリファナ等は、ある条件下で禁止になっています。
ベータ・ブロッカーは、射撃やアーチェリー競技者には使用が禁止されています。 目的は脈拍を遅くする事で、手ぶれを抑えるのが狙いです。 但しバスケットボールのような、動きの激しいスポーツで使用すると、逆に心臓がうまく機能出来ずパフォーマンスの低下に繋がります。
アルコールやマリファナは、「競技者は健全な模範人」というオリンピックのポリシーに反するので禁止されています。

薬物テストの未来
薬物使用は、スポーツのような競争性と金になるところでは、避ける事が不可能となっています。 エリートスポーツと呼ばれるフットボール、サッカー、競馬、ボクシング、野球等では、何億という金を稼ぐ上、競争性が高い為、薬物使用の誘惑はただならぬものがあるでしょう。 
実際ステロイドを使用している者と、使用していない者の差には、雲田の違いが出てきます。 そのような状況下での薬物テストは、ある程度意味が有るかもしれません。 しかし高校や大学のような資金が不足したところでは、ドラッグプログラムに経費がかかり過ぎ、まともにコーチすら雇えなくなっているのが現状です。 このレベルでのドラッグの問題は小さな事です。 それよりも施設やコーチに資金をまわすべきでしょう。
今後オリンピック委員会も含め、健全なスポーツ界を維持する為にも、現実の資金面とドーピングの有効性を考慮に入れる事を忘れず、理想を追求する必要があるでしょう。

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